私は馬鹿です
母ちゃんの面会に行く時、私はいんげんやししとう、とうもろこしなど指をつかって皮やしっぽをとる野菜を一品持参する。
長く畑仕事していた母ちゃんが手に取って喜ぶからだ。
母ちゃんは嬉しそうに
皮をむく。こういう時はしんどいとか部屋にもどるとか言わない。
左手が不自由だから私が野菜を押さえたり、 手を添えたりする。
「どんだけでも持って来い」と言う。
夕食まで一時間半近く車椅子に座っているのは苦痛だ。
とくに母ちゃんは小食で偏食で食べることに興味がない。
私は時間かせぎに字を書かせる。
認知があるから「何書けばいい」と聞いてくる。
「母ちゃんの名前、生まれた日、食べたいモノ・・」などと答える。
素直に書く。
母ちゃんは子供になった。
字は読みづらいが桃の缶詰、刺身、生年月日など書いていく。
桃か・・・食べたい物があったことで私は嬉しくなる。
そして
「私はばかです」と書く。
涼しくなったら外泊の準備するから、それまで肺炎おこさないように。
愛しい母ちゃん
老人ホームの二階に上がり
左に曲がると入所者のホールがある。
食事の時間。それぞれ所定の位置についている。
私は遠くに見覚えのある丸い頭を見つけると安どする。
「車椅子に乗っている、熱はないようだ」「元気」。
母ちゃんは一年前に脳梗塞になり、以来、この施設にお世話になっている。
人が老いていくのはしかたがない。いつ
か、死ぬのも決まっている。
でも私は受け入れできないでいる。
母ちゃんは85歳、長生きした。
でも私はまだ生きていて欲しい。
手足は思うように動けず、認知も日々すすんでいる。
脳梗塞を発症する前に比べると別人のように痩せた。
口だけは達者で歯のない口でよく喋る。
とんちのきいたことを言うと私は笑う。
母ちゃんはうけたと思い、同じことを繰り返し喋る。
母ちゃん、明日また来るよ、インゲン持って。
しっぽとるのは母ちゃんのほうが根気いいからね。